【更新日:2021年9月15日 by 三浦莉奈】
世界的に注目が集まるSDGsの本質とは何だろうか。SDGsには単なる社会貢献ではなく、ビジネスに組み込み、取り組みの輪をより大きく広げていく考え方が求められている。
ESG投資への注目も相まって、ビジネスでもSDGsが重視されるようになった傾向があるが、その本質を捉え、事業にSDGsを組み込んで、取り組んでいる企業はどれくらいあるだろうか。
今回はアクセンチュアの海老原さんに、SDGsとビジネスを融合させていく上で重要な概念「サーキュラー・エコノミー」について詳しくお話を伺った。
サーキュラー・エコノミーの概要を事例をもとにわかりやすく理解できるものになっている。
また、日本の企業がSDGsに取り組む上で注意すべき点、SDGsとサーキュラー・エコノミーとの適合性など、企業が目指すべき未来について第三者的視点で語っていただいた。
見出し
「レスポンシブルビジネス」に取り組むアクセンチュア
ーーまずはじめに海老原さんの自己紹介をお願いいたします。
海老原:アクセンチュアの海老原です。アクセンチュアに入社して20年以上になりますが、長年テクノロジーや、デジタルを活用した公共サービスに関わるコンサルティングを担当しています。その中でも私は戦略グループに所属していて、0→1を検討する方針策定を担当しています。最近では公益的なテーマ全体をカバーし、その1つとしてサーキュラー・エコノミーも担当しております。ビジネスの役割とは全く別に弊社のCSRの責任者もしています。
今、アクセンチュアでは、「レスポンシブルビジネス」という考え方について、お客様と頻繁に議論しています。レスポンシブルビジネスとは、「企業が社会課題の解決への貢献と自社のビジネスを両立させるための取り組み」と言い換えることができます。つまり、社会課題の解決をビジネスの中核として捉え、社会への貢献と自社のビジネス成長の両立を目指していくことで、企業の永続的な成長をプランし、企業価値の向上につなげていくという考え方です。
各会社で中長期経営戦略を見直す際に、サステナビリティストラテジーを一緒に作りこんでいく際、日本ではCO2の削減結果など、事業の傍らで達成した結果を報告するケースが多いですが、将来に向けた戦略として、その会社ならではの強みを生かした新しいビジネスモデルの在り方を検討しています。
環境問題の深刻化、IoTの進歩、消費者の価値観の変化によって生まれたビジネススタイル「サーキュラー・エコノミー」
ーー本日の主題である、サーキュラー・エコノミーとはどのような考え方でしょうか?
海老原:サーキュラー・エコノミーは、物が利用されている瞬間を一番価値のある状態と捉えて、物が利用されている状態をいかに長くするかを重要視する考え方です。サーキュラー・エコノミーをリサイクルやリユースなどの個別の問題のことだと思っている方が多いのですが、サーキュラー・エコノミーはリサイクルを一部に含んだ考え方全体を指しています。
サーキュラー・エコノミーの反対の言葉にリニアエコノミーがあります。大量に物を生産し、物の所有権が売り手から消費者に移り、消費者が使い終わったら廃棄され、一部はリサイクルに回るという従来型の直線的なモデルです。
物を捨てた後に原材料に戻して再利用するリサイクルにも意義がありますが、ビジネスとしては大きな価値を生まない時間を増やしてしまうことになります。
したがって、サーキュラー・エコノミーでは、できるだけ利用状態を継続させ、リサイクルを最低限に抑えることが重要です。利用状況を継続させる、あるいはリサイクルの前段階での修繕や、再販、販売を活用し、できるだけすぐに市場に戻せるようなビジネスモデル作りが不可欠なのです。
サーキュラー・エコノミーは、地球環境に良いという理由だけではなく、消費者が製品と接する時間が増加することで、販売時のみならず、その後の顧客との接点を生かした新しいサービスなどの、より大きなビジネスインパクトや価値を生み出す効果があり、企業からの注目を集めているのです。
ーーリサイクルは3Rとして義務教育でも触れられます。サーキュラー・エコノミーはITの技術が発展したからこそ提唱されるようになった概念なのでしょうか?
海老原:サーキュラー・エコノミーが注目される背景には3つの変化があると考えています。
1つ目は、環境問題が深刻化し、資源制約が大きくなったことです。このままのリニアエコノミーで大量生産・大量消費を続けることは、限りある地球資源や環境の視点でサステイナブルではありません。
2つ目は、IoTなどのデジタル技術の進化によって物の稼働状況が安価に分かるようになったことです。例えば、車の稼働率が7〜8%しかないことや、世界の工事現場で重機の稼働率がどのくらいかなど、販売した後の製品がどのような状況となっているのかが、簡単に把握することが可能になりました。
3つ目は消費者の所有に対する価値観の変化です。以前は所有に対する欲求が強く、例えば車を持つことや家を持つことが1つのステータスと認知されていました。物を買う喜びをそれぞれの人が強く持っていた時代だったと思います。
しかし、今は所有することよりも、使いたい時に便利に使いたいという価値観が主流になってきています。所有への欲求から利用することへの欲求に大きくシフトしたと言えます。
ーーIoTの技術やそれに付随して消費者の価値観が向上したことによって、1つの物を長く、利用の時に価値を最大化できるようになったということですね。
海老原:従来より環境に良い物は高くても買ってもらいたいというエモーショナルバリューで経済が回っていた側面もあったと思います。
しかし、今は何百万円をかけて自らの車を購入して利用するよりも、週末や午前中など時間ごとに利用用途に応じて車を百円単位で使う方が、価値があると考える利用者が増えています。作り手がこのようなニーズを適切に把握して新しいビジネスを作れば、消費者と作り手がWIN-WINになって地球環境にも良い、三方良しの状態がサーキュラー・エコノミーで可能になると考えています。
物が利用されている状態をさまざまなアプローチで最大化
ーーサーキュラー・エコノミーに代表されるビジネスモデルについても教えて頂けますか?
海老原:1つ目が、シェアリングプラットフォームです。これは、作り手から違う人に所有権が移った後、それを複数人で利用することにより、1人当たりにかかるコストを下げ、かつ便利にするものです。
例えば1人でドライブする時はスポーツカーに乗って、家族で行くときはワンボックス乗るなど、単純に安いだけではなく、用途に応じて便利な物を提供するビジネススタイルです。
2つ目は、「プロダクト・アズ・ア・サービス」です。これは所有権を移してシェアリングするのではなく、製品の作り手やサービス提供者がそのままサービスを提供し続け、消費者は契約関係を結んでサービスを使い続けるものです。
例えば、ミシュランの「タイヤ・アズ・ア・サービス」があります。従来ではタイヤは車検やパンクした時などで取り替えていましたが、タイヤの走行距離に応じてお金を支払う仕組みです。
例えば運送会社を例にシンプル化したケースを挙げると、従来の仕組みでは運送会社がタイヤを買う先行投資をして、リスクを取った分のリターンを配送することで得ていくビジネススタイルでした。
「タイヤ・アズ・ア・サービス」では走行距離に応じた課金となるため、タイヤが動いて仕事をしている時のみ支払い義務が生じることになり、従来のリスクとリターンの関係性が変化し、リスクを分散できるようになります。
一方でミシュランは、継続的に契約関係を結べるメリットがあります。ユーザーに対してタイヤの替え時を提案して交換してもらえるようになるので、他ブランドへの乗り換えを防ぐこともできます。
また、契約関係を継続できることを生かして、ドライバーの運転の仕方に対するコンサルティングや、車に関わる付帯的なビジネスを一緒に売りに出すことも可能になります。例えば自動車保険を併せて販売するなども考えられます。トラックがどこをどのように走行しているかのデータをもとに、運送に関しても提案できるようになるかもしれません。また、タイヤを100%回収できるので、環境にもいいサービスになっています。
ーー他にも代表的なビジネスモデルはありますか?
海老原:2つご紹介します
1つは製品寿命の延長です。
例えば、ショベルカーやパワーショベルなどの重機は、部位により消耗度合に差があるため、消耗した箇所だけを交換して、まだ使える所は何度も再利用できるように初めから設計に組み込んで生産しておく方法です。
新品を先進国を中心に販売した後、それを数年後に回収して修理をし、より安価な再販価格で別の市場で販売している会社もあります。
このモデルでは製品を構成する原材料の価格を下げることができるので、売値自体が下がっても利益率を高めることが可能です。
また、原材料からの製品を製造する際には発生していたコスト構造が変化し、管理・修繕に必要な人件費にコストがシフトすることで雇用が生まれるメリットもあると言われています。
もう1つは循環型サプライです。消費者が物を使う頻度が上がり、物の稼働率が上がることが前提になると、長寿命を前提としてより壊れにくい高価な素材が採用されたり、より環境負荷の低い原材料が採用されたりすることにつながり、素材メーカーにとっても新しいビジネスチャンスになるというものです。
SDGs時代に求められるのは消費者、企業、環境の三方良しのサーキュラー・エコノミー
ーーSDGsとサーキュラー・エコノミーの関連性を教えてください。
海老原:SDGsの本質は、新しいビジネスを構築する能力のある企業の力を引き出して社会課題を解決していくことで、課題解決のスピードやスケールを得ることだと考えています。
サーキュラー・エコノミーのビジネスは、消費者、企業、環境にとっての三方良しのモデルであり、SDGsで期待されているような要素が入っていると思います。
ーーあらゆる業界にこのサーキュラー・エコノミーは適用できるのでしょうか?
海老原:そもそもこのサーキュラー・エコノミーの流れの中に素材エネルギー業、製造業、小売業は含まれていますが、それ以外にも、業界を超えて関われるものだと思います。
例えば、金融業界はこれまでの説明で、サプライチェーンには直接関わりがないように見えますが、サーキュラー・エコノミーによってキャッシュフローやファイナンスの仕組みが大きく変わりますし、サーキュラー・エコノミーを取り入れている会社に投資する考え方も生まれているので、金融業界にとってもサーキュラー・エコノミーは重要なビジネスモデルになると思います。
ーー最近のトレンドとしてグリーンファイナンスという言葉も聞きますし、金融業界はそれぞれのプレイヤーを支援するという意味でも、幅広く関わって来そうですね。
海老原:そうですね。本当に全業界が関わっていくテーマだと思います。
本業からかけ離れた社会貢献より、本業の中で行う永久的な取り組み
ーー企業のSDGsの取り組みを調べていると、企業単体で行っている事例が多く、バリューチェーンをうまく回して、ステークホルダー同士で価値を回している取り組みはまだ少ないように感じます。また、取り組むテーマについても、環境やジェンダーに偏りがちで、例えばSDGsの目標9「産業と技術革新の基礎をつくろう」などの注目が高まっていないように思います。
海老原:日本では、レスポンシブルビジネスなどの、企業の本業を通じて売り上げを創出しながら社会課題の解決に繋げることを意識的に推進しているケースは限られていると考えています。
既存の事業に後からSDGsのワッペンを貼っていたり、社会貢献の側面で事業とは切り離して取り組んでいる企業が多いように感じます。その際に説明しやすいのがジェンダーやフードロスなどの個別課題に対する取り組みであるため、SDGsの目標9に掲げられる産業や技術革新などを取り組みの中心として挙げている企業が少ないのだと思います。
わかりやすい例として、CSRの担当部署がSDGsを推進している会社が数多くありましたが、これまでは、社会貢献は本業とは切り離し、収益事業以外の取り組みで貢献している方が崇高だという考え方が広くありました。
アクセンチュアも以前はそのような考え方を持っていた時期もありましたが、2010年ころから考え方を徐々に進化させてきました。企業のSDGsの取り組みがきちんとビジネスとして成り立っている方が事業を長期的に継続できるため、価値が高いとする考えがヨーロッパを中心に常識となっています。
日本では、SDGsを社会貢献と捉える会社もまだ多いですし、CSRレポートの一環でSDGsが語られているケースもあります。しかし、実際には、事業の中ですでにSDGsに貢献している企業は数多く存在しています。これを将来の戦略に反映するところまで進めることができているかどうかが欧米との一番の違いと考えています。
ーー確かに、企業のWebサイトではSDGsがCSRのページや、IRのページに載っていることが多いですね。本当のあるべき姿は事業内容のところに載っていることなのかもしれませんね。
ヒントは消費者のニーズと企業の強みのかけ算。日本企業が見落としがちな考え方とは。
ーー日本の企業がサーキュラー・エコノミーに向けて1歩を踏み出すためにはどんな変化が必要だと思いますか?
海老原:冒頭で申し上げた通り、サーキュラー・エコノミーが求められる要因の1つは消費者の価値観の変化です。
日本企業全体に対して言及することは難しいですが、敢えて言うとすれば、自分の強みを生かす際に、従来から担っているサプライチェーンの一角で価値を生み出すことを考えるのではなく、消費者のニーズをきちんと捉えて、そこに自分の会社がどう貢献できるのかというのを考えることが極めて重要だと思います。
また、日本の企業の場合、自社に閉じてこのニーズを満たすことを前提に検討するケースがまだまだ多い状況ですが、自社の強みを生かしつつ、自社に欠ける強みを持つビジネスパートナーとともにスピードをもって新しいビジネスを作っていくことが1番のイノベーションであり、いま取り組むべきことだと考えています。さまざまな会社の強みをかけ合わせることによって、強みがかけ算になって大きな課題の解決に貢献することが可能になると考えています。
ーー他の企業との協力で言うと、オープンイノベーションと言う言葉がありますが、オープンイノベーションの言葉だけが独り歩きしてしまっていて、まだ事業同士で連携しあえている企業同士はそんなに多くないのではないかと思っています。まさにSDGSの目標17で掲げられているようにパートナーシップで目標を達成する重要性を感じているのですが、このオープンイノベーションに対してご意見はありますか?
海老原:N対Nのような形で文字通りのオープンイノベーションを実現することは簡単ではないと考えています。テーマや、参加する会社、答えるニーズ、実施する場所など、いくつかの前提条件を設定することが実現への近道だと考えています。
例えば今、スマートシティやスーパーシティの具現化が進んでいます。このような市民、行政、関わる企業に「三方良し」のスマートシティやスーパーシティを実現するためには、オープンイノベーションが非常に重要です。スマートシティではさまざまな企業が1つの場所に新しいアイデアを出し合った上でそれぞれの強みをかけ合わせる話し合いをします。
また、スーパーシティでは規制緩和も一緒に議論するため、既存の規制の中では解決しづらいものも、規制を外してチャレンジすることで可能性を広げられます。地域にある大学や市民も含めてイノベーションが生まれる可能性があると思いますね。
まとめ
SDGsに取り組むべき理由、それは企業の価値や評価をあげるためやPRのためではなく、人々や環境、地球を笑顔にすることである。
そのためには、今ある社会の現状や消費者のニーズを敏感に察知し、自社の強みを生かして長期的なビジネスとして確立する必要があるのだ。また、「どんな企業でも強みは限られるが、さまざまな企業が協力しあえば強みは増幅される」という言葉が印象的だった。
みんなの地球の課題を、みんなで協力して解決していく。そこに必要なのは規制ではなく、時代のニーズに合わせて企業横断的に協力していける柔軟性なのかもしれない。
インタビュアー:おざけん